山下達郎のサンデーソングブック 2021年6月27日

山下達郎のサンデーソングブック

2021年6月27日 『寺内タケシ追悼特集』

こんにちは!しのぶです。

今回から、文字起こしの記事として投稿させていただきました。
達郎さんの言葉遣いや言い回し、雰囲気が、より伝わる記事になると思います!

プレイリスト

スチール・ギター・ラグ / 原田実とワゴン・エース “駅馬車” ’62

ブルー・ジーン NO.1 / 寺内タケシとブルー・ジーンズ ’65

津軽じょんがら節 / 寺内タケシとブルー・ジーンズ ’65

ロッカ・バイ・ラグ / 寺内タケシとブルー・ジーンズ “baet beat BEAT!!! VOL.4” ’66

運命 / 寺内タケシとバニーズ ’67

ショパンのノクターン / 寺内タケシとバニーズ “レッツ・ゴー・「運命」” ’67

シャイン / 寺内タケシとバニーズ “世界はテリーを待っている” ’67

太陽の花 / 寺内タケシとバニーズ ’68

夜空の星 / 加山雄三 ’65

遺憾に存じます / 植木等 ’65

黒い瞳 / 寺内タケシ ’69

【引用】https://www.tatsuro.co.jp/sunday/

内容

以下、2021年6月27日(日)山下達郎サンデーソングブックの放送内容です。
お便り等、所在地・個人名の公開は控えさせていただいております。
至らない箇所や誤字脱字・不備等、あるかと思われます。ご了承くださいませ。

アイキャッチ画像に関しまして、本編とは全く関係のない画像を使用しております。
Image:Photo by Joshua Olsen on Unsplash

冒頭

皆さんこんにちは、ご機嫌いかがでしょうか、山下達郎です。毎週日曜日午後2時から55分間は私山下達郎がお送りいたします、楽天カードサンデーソングブックの時間であります。東京FMをキーステーションといたしましてJFN全国38局ネットでお届けしております。

6月も、もう最後の日曜日になってしまいました。もうあっという間に半年が経ってしまって。こんな不安定な時代でございますけれども、時はどんどんすぎて季節はどんどん変わって参ります。季節の変わり目のお便りたくさんいただいております。

〜お便り〜

『自宅の庭に鳥の餌台として、レンガを2箇所、巣箱を一つ置き餌を置いたところスズメが食べにくるようになりました。スズメと仲良くなり、手乗りスズメになれば良いと思っています。』
→「大丈夫かな。」

『最近庭の山椒の木にアゲハの幼虫を見つけて、暇なので室内で飼育してみました。段々と情が湧き、名無しもなんなので、綺麗な緑色から ”ミドリン” と名付け、観察の日々。ようやくサナギになったときは肩の荷を下ろした気分になりました。順調にいけば次回のサンソンの時にアゲハになっていることでしょう。楽しみです。
6月30日は息子のヨウジロウの誕生日です。遠方で孤軍奮闘の彼、もしお読みいただけたら何よりの励ましになることと思います。「アルチザン」予約してきました。1番目だと思ったら5番目でした。ちょっと悔しいです。』

全国のみなさん、お疲れ様です。

私はずっとスタジオにおこもりでございます。なかなか世情の話題を申し上げられる暇がございません。ちょっと今、締め切りがありまして、曲書きでウンウン唸っております。今日も帰ったらまた曲かきという感じで。頑張ってやりたいと思っておりますが。

番組の方は、先週に引き続きまして『山下達郎で棚からひとつかみ』でいこうと思っておりましたら、寺内タケシさんの訃報が飛び込んでまいりました。寺内タケシさん、私たちの世代は、ベンチャーズと並びまして、寺内さん抜きにはエレキは語れないという、戦後日本を代表するエレクトリックインストロメンタルの大御所でございます。ですので、新聞にもたくさん載っておりますし、いろんなところで曲もかけておりますけれども、まあせいぜい「津軽じょんがら節」か「運命」そんなような感じでございますので、今日はひとつ、寺内タケシさんの追悼特集をしてみたいと思います。

もともと寺内タケシさんの時代は、カントリー、それからハワイアン、ロックンロール以前の時代でありましたので、そういったところから始めましたけれども、ロカビリーが始まってそれにのめり込んで、その後、一挙にギターインストに突入していくという。
そうした寺内タケシさんのギターのヒストリー、そういうものをかいつまんでお伝えしたいと思います。今日は棚つかではなくてちゃんとした追悼特集でございます。時系列に沿って寺内タケシさんの素晴らしいプレイをお楽しみいただければと思います。

日曜日の午後のひと時、山下達郎サンデーソングブック、本日は『寺内タケシさん追悼特集』でお送りいたします。今日も最高の選曲、最高の音質でお届けをいたします。

かけたい曲がたくさんございます。1曲がすごく短いので、今日はたくさんかかります。ですので、1曲でも多くかけたいので、今日は頭の曲は無しで、お知らせ挟んで早速行ってみたいと思います。

本日の1曲目

山下達郎がお送りいたしておりますサンデーソングブック。というわけで、今日は先日お亡くなりになりました寺内タケシさんの追悼特集を行いたいと思います。

1939年ですから、昭和14年のお生まれでございまして、理系の学校を出た方でございますので、技術に詳しいという。それからお母さんが歌と三味線の家元だったので、音楽的な筋はそういうところから生まれているというご本人の弁もございます。
冒頭にも申し上げましたみたいに、ロックンロール以前の音楽シーンから始まった方で、戦後の米軍キャンプ回りをやる中でカントリーミュージック、それからハワイアン音楽、そういったようなものをやっている中でロカビリーに出会いまして、ロカビリーミュージックに傾倒していきます。
ですので、どちらかというと白人音楽・カントリー系でございますので、チェット・アトキンス、それからレスポール、そうしたいわゆる超絶テクのギタリストに魅入られてそうしたカントリー系の速弾きギターを施行していくという、そういうようなスタイルで始まりました。
原田実さんというカントリーのスチールギターの奏者がおられまして、この原田実とワゴン・エースというグループに参加をいたしまして、1962年に出しました「駅馬車」という、あの10インチ25cm LPがあるんですけれども、この中で寺内タケシさん、カントリー然としたギタープレイをしていらっしゃいます。まずはここからいってみましょう。1962年原田実とワゴン・エースの「スチール・ギター・ラグ」

スチール・ギター・ラグ / 原田実とワゴン・エース “駅馬車” ’62

原田実とワゴン・エース「スチール・ギター・ラグ」
もともとは1936年のテキサスプレイボーイズ、ウェスタンスウィングという時代の音楽ではありますが、のちにハワイアンでもカバーがたくさん出た有名な曲でございます。間奏のギターが寺内タケシさんのプレーでありますが。

本日の2曲目

初期はこうした感じで米軍キャンプとかそういうのを回って、こうしたもので腕を磨いておりましたが、60年代中期に自分のエレキインストバンド、寺内タケシとブルー・ジーンズという、我々には大変お馴染みのグループですが、これを結成しまして、ちょうど同時期のベンチャーズの大ブームと並行しまして、ブルー・ジーンズ、どんどんどんどん名前が上がっていきます。
そんな中でメンバーだった加瀬邦彦さん、後のワイルドワンズ、それから沢田研二さんのヒット曲等で大作曲家になりますが。加瀬邦彦さんの自作のナンバーをブルー・ジーンズが取り上げました。1965年「ブルー・ジーン NO.1」という曲なんですが。
私この「ブルー・ジーン NO.1」がいつもソノシートの別バージョンでかけておりますが、今日は、これが多分シングルバージョンだと思われますリアルステレオのバージョンでお聴きをいただきます「ブルー・ジーン NO.1」寺内タケシとブルー・ジーンズ

ブルー・ジーン NO.1 / 寺内タケシとブルー・ジーンズ ’65

寺内タケシとブルー・ジーンズ、1965年のレコーディング「ブルー・ジーン NO.1」加瀬邦彦さんの名作でございます。

この時代のブルー・ジーンズ、素晴らしいテクニックであります。特に僕、ドラムをやっておりましたので、この工藤文雄さんという、この人のドラム大好きでありまして、素晴らしいグループでありました。

本日の3曲目

で、徐々に日本でエレキブームの中でブルー・ジーンズ名前が上がってまいりましたけれども、この寺内タケシさんやっぱり昭和14年生まれの方なので非常に日本の文化に対する造形、そういうものが強い方でありまして。民謡をエレキでやりたいと、そういう作品を出しましたところ、これが大ヒットしまして、私の中学2年の時のヒット曲でありました。 LPを買うお金がなかったのでコンパクトを買いました。1日中聴いた覚えがあります、そして寺内タケシさんの名前を日本中に広めた、大ヒットナンバーございます1965年の「津軽じょんがら節」

津軽じょんがら節 / 寺内タケシとブルー・ジーンズ ’65

寺内タケシとブルー・ジーンズ、1965年の「津軽じょんがら節」でございました。

本日の4曲目

何度か申し上げましたけれども、寺内タケシさんというと日本ではまあエレキの神様とか、そういうような呼び方をしますけれども、そうしたエレキインストのムーブメントというのは、ロックンロールよりちょっと前のカントリー、それからロカビリー、そういうものはひとつ前の歴史から始まっているファクターが多い音楽であります。そこからロックンロールになりまして、リズム&ブルースが出てきまして、そういうものが渾然一体となりまして、今のロックというようなもののムーブメントとなります。
寺内タケシさんは1世代前の方ですので、そうしたカントリー系の音楽、ウエスタンスウィングとかそういうものにすごく大きな影響を受けております。そういうのがレコードを聴きますと随所に出てきます。
これからお聴きいただく曲も、1966年のレコーディングですけれども、マール・トラヴィスという、いわゆるカントリーギターの始祖と言われるような存在の人のレパートリーを寺内タケシさんがやっています。こういうところを聴くと本当に典型だということがわかります。66年の寺内タケシとブルー・ジーンズ「ロッカ・バイ・ラグ」

ロッカ・バイ・ラグ / 寺内タケシとブルー・ジーンズ “baet beat BEAT!!! VOL.4” ’66

寺内タケシとブルー・ジーンズ、66年の「ロッカ・バイ・ラグ」もともとは1956年のマール・トラヴィスの作品でございました。

本日の5曲目

で、こうしたスタイルですけれども、先程の「津軽じょんがら節」みたいな、要るすに日本、ジャポンネスくと言いましょうか、日本文化をエレキの世界に導入したいという、そういうところから始まりまして、どんどんどんどんそうした広がりが出てきまして、クラシックに着目いたしました。
1967年にクラシックをエレキバンで展開するというアルバム「レッツ・ゴー 運命」というアルバムを出します。ここからシングルカットされました、ベートーベンの「運命 」交響曲第5番でございますが、これがレコード大賞の編曲賞を受賞しまして大ヒットになります。
超絶的なテクニックでみんな唖然としたという、今でもします。1957年、あそうだブルー・ジーンズを解散しましてバニーズを作ります。寺内タケシとバニーズ、ここから出ました大ヒットナンバー「運命」

運命 / 寺内タケシとバニーズ ’67

寺内タケシとバニーズ、1967年の「運命」我々の世代にはお馴染みでありますが、バニーズにバンドが変わりましても、グルーヴは変わりません。パンクなグルーヴでございます。

このバニーズのドラムの井上正さんという方も上手いドラムであります。尺八まで吹かれて歌も上手い、そういう方でございます。

本日の6曲目

で、この「レッツ・ゴー 運命」のアルバムに入っております、ショパンの「ノクターン」これは1人で寺内さんが弾いていらっしゃいますが「運命」と同じようにフィンガリングの正確さとかが、本当に、技巧の正確さ。こちらは文字通りエレキですけれども、クラシカルなアプローチで攻めております。寺内タケシとバニーズ「レッツ・ゴー 運命」からショパンの「ノクターン」

ショパンのノクターン / 寺内タケシとバニーズ “レッツ・ゴー・「運命」” ’67

寺内たけしとバニーズ、1967年のアルバム「レッツ・ゴー 運命」からショパンの「ノクターン」でございました。

山下達郎がお送りいたしておりますサンデーソングブック『寺内タケシ追悼特集』で本日はお届けしております。お知らせを挟んでまだまだ続きます。

お知らせ

山下達郎がお送りいたしておりますサンデーソングブック、本日は『寺内たけしさん追悼特集』でお届けしております。
来週は今日できなかった『山下達郎で棚つか』ライブソース・おうちカラオケ・おうちアカペラ、そんなようなものでお届けをしたいと思います。
7月に入りまして。前日に今日は収録しておりますけれども、なんか、日曜日は全国的に雨がちで台風も近づいているという変な陽気ですが、じめっておりますので、みなさまくれぐれもお体お気をつけください。ワクチンの接種も始まっているようでございますが。

『先日、実家の母からのメールに「昨日コロナ注射しました、来月もう1回します。(原文まま)」と書かれていました。待って、コロナは注射しないで(笑)』
→「ワクチンを。なかなか。」

CSに日本映画専門チャンネルというチャンネルがございます。私日本映画が好きなのでプリセットに入れておりますけれども。この日本映画専門チャンネルで、日曜邦画劇場という軽部真一さんが支配人を務めていらっしゃいます長寿番組がございます。このほど放送1000回達成になりまして、その放送1000回記念しまして山中貞雄の「人情紙風船」を4Kデジタル修復で放送されるという。
私、この「人情紙風船」という昭和12年の山中貞雄監督の映画が、私にとって人生のベストムービーなので、私いろんなところでそれを申し上げているので、日本映画専門チャンネルと軽部真一さんと、その日曜邦画劇場から、このゲストで来てくれないかと。でもテレビですので、私テレビ出ませんので、じゃあ音声対談でという、それでもいいとおっしゃいますので、スチールの静止画像の音声対談で、この「人情紙風船」放映された後に対談をします。
来週の7月4日日曜日の夜9時から第1回放送となります。7月何回か再放送があるそうでございます。私「人情紙風船」の話いろいろなところで申し上げておりますけれども、こんなに長く日に微に入り細を穿って申し上げたことがないので、是非ともご興味ある方は。
日本のベストムービー、日本の戦前戦後のベストムービーという話題の中で必ず出てくる名作中の名作でございます「人情紙風船」封切りの日に徴兵の赤紙が来まして、翌年に中国で病死してしまう。もし生きていたら山中貞雄という人は小津安二郎とか、そうした歴史になが残る監督と同じような、同列な扱いを受ける才能のある人でしたけれど、28歳で亡くなってしまいまして。十数本映画を撮ったんですけれども、現存しているフィルムは3本しかないという。それの遺作にあたる映画でございまして。本当に何十回みたか分からない邦画なので、是非ともご興味のある方は日本映画専門チャンネル日曜邦画劇場、ご覧いただければと思います。

詳しくは山下達郎オフィシャルサイト:https://www.tatsuro.co.jp/

ここでご確認ください。趣味の話でございました。

これも本当に毎週申し上げておりますけれども、8月18日に1991年のアルバム「アルチザン」2021年最新リマスタリング30thアニバーサリーエディション発売になります。アルバム解説・楽曲解説新たに書き下ろします。ボーナストラック収録でございます。アナログレコードがこの「アルチザン」のアルバム当時はアナログからCDに移る時期だったので、アナログが作られませんでした。私の作品の中でアナログがない数少ないアルバムなので、もったいないので今回はアナログを作ろうという。でもいつものように音質重視で2枚組180g重量盤仕様となっております。同時発売でございます。
詳しくはこちらの方も私のオフィシャルサイトでご確認くださいませ。

本日の7曲目

で、寺内タケシさんの作品、たくさん私聴いてきたんですけど、1番好きなアルバムが1967年に出ました「世界はテリーを待っている」スタンダードナンバーをインストロメンタルでやった、これ本当に素晴らしいアルバムなんですけど。とりわけこの中でチェット・アトキンスのスタイルで弾いております。この1曲は、これも何回聴いたか分かりません。シンプルですけど素晴らしい演奏であります。寺内タケシとバニーズ1967年のアルバム「世界はテリーを待っている」から「シャイン」

シャイン / 寺内タケシとバニーズ “世界はテリーを待っている” ’67

寺内タケシとバニーズ1967年の「シャイン」でございました。

本日の8曲目

ベースとカットギターだけという演奏でございますが、ブルー・ジーンズはほとんどインストロメンタルでしたので、バニーズになりましたら先程のドラマーの井上正さんのリードボーカルで歌のヒット曲が何曲か出ます。その中でも私の好きな1曲。全員でハモって歌ってるやつですけれどもパンキッシュな寺内さんのリードギターが素晴らしい。1968年の「太陽の花」

太陽の花 / 寺内タケシとバニーズ ’68

寺内タケシとバニーズ、1968年のシングル「太陽の花」でございました。
さっきディレクターの山岸くんから、1938年生まれではないかという意見がありまして、寺内タケシさんの公式ホームページだと1938年生まれとなっていますが、新聞のデータとかそういうものは全て1939年でありまして。こういうのが結構アレなんですよね。色々あるんですね。

寺内タケシさんという方は、私1番近いのがジェームズ・ブラウンだと思います。なんと言いましょうか、そのエネルギーといいましょうか、突進性といいましょうか、そういうのが非常によく似ておりまして。ですので、おっしゃることが全部本当かという、そういうのもあります。まあ1種のシャレといいましょうか。そういうのも割り引いて考えなきゃいけないので。あくまで音楽で判断するという。ですので、別に1939年でも1938年でも変わりはないんです。
あと、このようなブルー・ジーンズにしろ、バニーズもディスコグラフィがきちっとした時系列に沿った制作ディスコグラフィというのも全然発券できないので、時々違うことが書いてあったりするんですけれども、それは推測でいいんです。でも音楽が全てなので。そういう感じで、今日はやっております。

本日の9・10曲目

で、寺内タケシとブルー・ジーンズ、あの演奏力がものすごくありましたので、人のバックでも活躍しておりました。
なんといっても1965年の加山雄三さんの「夜空の星」ここに寺内タケシさんが出演しまして、腕を利かせます。ここの中でも歌われまして、その後シングル「君といつまでも」のB面で大ヒットいたしました「夜空の星」これは編曲クレジットが寺内タケシと記載されておりますので、ブルー・ジーンズがバックをやっております。今聴くと、オルガンとか入っていませんので、ひょっとしてスタジオミュージシャン+寺内さんという可能性も無きにしも非ずなんですけれども、いずれにしても編曲を担当されております。1967年の加山雄三さんの「夜空の星」

そして同じ1965年に植木等さんの「遺憾に存じます」という、これのシングルの演奏になっております。植木さんが途中で「レッツゴーブルー・ジーン!今日は徹底的に行け!」そういういのが入っております。

2曲続けてどうぞ、1965年の2曲。加山雄三さん1965年の「夜空の星」、そして植木等さんの1965年の「遺憾に存じます」

夜空の星 / 加山雄三 ’65

遺憾に存じます / 植木等 ’65

加山雄三さん1965年の「夜空の星」、そして植木等さんのやはり65年の「遺憾に存じます」

本日の11曲目

今日は寺内タケシさん追悼特集でお届けしました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。私たちの世代には本当に大きな影響を与えてくださいました。いろいろな逸話がもっと共にありますけれども、今日お聞きをいただければわかるとおり、このギタープレイのスタイルの幅の広さ、有無を言わせぬ超絶テクから、繊細な音作りもいろんなスタイルを持っています。それがやはりみんなに敬愛される、ギタープレイヤー、そして表現者としての姿といいましょうか、そういうものだと思います。
あとはギターをコンソールに直接繋ぐという、いわゆるライン撮りというレコーディングのテクニックも草分け的な存在であります。色々な意味でのクリエイターでありました。作品がたくさん残っておりますので、これからも聴き続けていくことと思います。

そういうわけで、62年から69年までの、ほんの6〜7年、怒涛の歴史でございます。それだけ60年代の音楽シーンというのは変化が激しいということがお分かりいただけると思いますが。『寺内タケシ追悼特集』でございました。

今日の最後は1969年の、これも68年説と69年がありますが、でもシングルの番号が69年なので、69年だと思いますが。寺内タケシとバニーズ「黒い瞳」

気の早い方がリクエストカードくださいました。ありがとうございます。

『寺内タケシさん追悼特集』ご静聴ありがとうございました。「Dark eyes」ロシア民謡の素晴らしいプレイ

黒い瞳 / 寺内タケシ ’69

末尾

お送りいたしてまいりました山下達郎サンデーソングブック『寺内タケシさん追悼特集』でお届けしました。来週は戻りまして『山下達郎で棚からひとつかみ』の予定でございます。

〜お誕生日・記念日代読〜

皆さんおめでとうございます。

相変わらず世情わけがわかりません。でも自分の身は自分で守る。私たち生活者同士で助け合って、励まし合って、労りあって、引き続き頑張ってまいりましょう。みんなで頑張りましょう。

山下達郎サンデーソングブック、来週もSameTime、SameChannelで皆さんごきげんよう、さようなら。

コメント

タイトルとURLをコピーしました